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人生を変えた一冊の本。テレビ業界から北海道移住へ

人生を変えた一冊の本。テレビ業界から北海道移住へ

『ビキン川にシマフクロウを追って− アムールの自然誌 −』(ユーリー B. プキンスキー 著/千村 裕子 訳/平凡社/1989年 ※現在は絶版)。

1991年、ふと手に取った旧ソビエト・レニングラード大学教授が著したこの一冊が、私の大きな転機になりました。

私は当時、アメリカの3大ネットワークのテレビ局の東京支局に、音声エンジニアとして勤務していました。ニュースを追う毎日は充実していましたが「ずっと続ける仕事ではない」という意識と、閉塞感がありました。

『ビキン川にシマフクロウを追って− アムールの自然誌 −』は、探検家でもある著者が、当時は謎が多かったシマフクロウと、その巣を探し当てるまでのドキュメンタリーです。

こんなに謎めいた鳥がいることの驚きと「シマフクロウに会ってみたい」という気持ちが強く沸き起こりました。シマフクロウは日本では北海道に、わずかながら生息していることも、その後知りました。

私は1992年に東京で開催された、北海道の就農説明会に参加してみました。同じ年、私は会社を退職し、北海道に移住したのです。31歳のことでした。

講演会でこの話をすると、特に男性はびっくりされます。「そんなに簡単に決めたのか」と。私は東京生まれの東京育ち。アウトドア派ですらありませんでした。でもこの決断を後悔したことはありません。

森を3カ月歩き、シマフクロウと対面

移住後はまず、住み込みで酪農の仕事をしました。その後、仕事を替えて生計を維持しながら、シマフクロウの研究を始めました。

シマフクロウは、現在は国の天然記念物で、日本版レッドデータブックでは「絶滅危惧種IAランク」に指定されています。現在は北海道内に約140羽が生息していますが、これは30年かけて約2倍に増えた結果です。

移住した当時、シマフクロウの数は今の半数。できることとして、シマフクロウ研究者からの「調査から始めるのがいい」というアドバイスに従い、フィールドワークを始めました。

地元の人に尋ねても「このごろは鳴き声も聞いていない。もういないのかもしれない」という心もとない反応です。私は昼も夜も、森を歩きました。

背丈ほどの湿地をかき分け、サケが上ってくる清流を歩く。シマフクロウを脅かさないためにクマよけの鈴も付けていません。ヒグマと対面することもありました。

3カ月ほど経ったある日、森でシマフクロウに対面したのです。シマフクロウは木の枝に、あまりにも自然にたたずんでいました。

手がふるえ、カメラのシャッターがきちんと押せずに画像がブレてしまいました。そのくらい感動した一瞬でした。

若いシマフクロウが、安心して暮らせる環境作り

私はその後、任意団体「シマフクロウを増やす会」を発足させました。1993年に環境省(当時)嘱託シマフクロウ保護調査員、北海道森林管理局自然保護管理員となり、96年には、日露初の試みであるシマフクロウ共同調査で沿海州を訪れました。

シマフクロウの生態への直接の保護活動は1984年から、国の主導で行われています。個体数は少しずつ増えてはきていますが、今度は若鳥が安定して暮らせる新たな生息地の課題が出てきています。

巣立ちから移動分散まではクリアしても、移動中に交通事故に遭う、適地が見つからないために親元に戻るケースもあります。

しかし少しだけ整備すれば、シマフクロウの生息が可能になり得る場所はまだまだあります。

任意団体からNPOへ。ネットワークの力で保護活動を

シマフクロウの保護は保護活動を優先としてきたために、そもそもシマフクロウの存在が知られていない、保護活動の担い手がいない現状も大きな課題となっていました。

そこで、シマフクロウが生息可能なコミュニティで保護保全をするため、2008年にNPO「シマフクロウ・エイド」を設立するに至りました。

私たちは、シマフクロウを「守る」活動と「伝える」活動の2本柱で活動しています。

「守る」活動では、地域の生態系全体の保全を目指すことで、シマフクロウのような希少野生生物も、同時に地元の基幹産業である漁業や酪農業にとっても欠かせない「環境の保全」を大切にしています。

「伝える」活動は、主に事務局長の菅野直子が担当しています。菅野直子は、自然環境教育のボランティアや仕事を経て97年に北海道に移住。シマフクロウの保護活動をともに進めてきた、公私にわたるパートナです。

もともとの専門分野である美術系のスキルを生かした絵本や、年6回発行の「会報」の発行、またこのウェブサイトの制作も担当しています。

「伝える」活動ではモニタリング調査など「守る」活動で得られた成果や課題を、講演会や地域の子どもたちへの環境教育などに還元することで、普及啓発を進めています。

任意団体からNPOへ。ネットワークの力で保護活動を

最近、大きな変化を感じています。過去には、一部のカメラマンが興味本位で森に入り、その行動によってシマフクロウが繁殖放棄をしてしまうという事例が確認されていました。

しかし課題を共有することによって、それぞれの立場で「自分ごと」として協働してシマフクロウの保護・保全に協力していこうという機運が生まれています。

私たちには、地元から保護の担い手を発掘し「自然を自分たちの手によって保全する」という形を作ることで、この流れが他の生息可能地の地域にも広がっていってほしい、という想いもあります。

シマフクロウは寒冷地を好み、生態系の上位種に位置する鳥です。シマフクロウの数が増え、安心して暮らせる環境を作ることは、その地域に住む人が農業、漁業を持続的に続けるための環境保護とも重なるのです。

「活動に関わりたい」という方はぜひご連絡ください。お待ちしています。

菅野 正巳
すがの・まさみ
1961年東京生まれ。1992年アメリカン放送ABC News東京支局退職後、北海道厚岸郡浜中町へ移住。1993年~環境庁(当時)嘱託シマフクロウ保護調査員、北海道森林管理局自然保護管理員。2004年山階鳥類研究所標識調査員、2007年~、環境省委託希少野生動植物種保存推進員。2008年NPO法人シマフクロウ・エイド代表理事就任。 2015年~、国指定鳥獣保護員